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東京地方裁判所 昭和33年(レ)153号 判決

控訴人 山川泉

被控訴人 花村重吉

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、別紙目録記載の建物を明け渡せ。

被控訴人のその余の請求は、棄却する。

控訴人の反訴請求は、棄却する。

二  原審及び当審における訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて、控訴人の負担とする。

三  この判決は、被控訴人において金三万円の担保を供するときは、控訴人に建物の明渡を命じた部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一本訴について

(申立)

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

(被控訴人の主張)

被控訴代理人は、本訴請求の原因及び控訴人の抗弁に対する主張として、次のとおり述べた。

一  被控訴人は、昭和二十九年六月十二日、その所有にかかる別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という。)を、賃料一カ月金七千円(昭和二十九年十一月から一カ月金六千円に減額)、毎月末日払の約定で、期間の定めなく、控訴人に賃貸した。

二  控訴人は、昭和三十年一月分の賃料のうち金千円及び同年二月一日以降の賃料を支払わないので、被控訴人は、昭和三十年七月五日到達の内容証明郵便をもつて、昭和三十年一月分の残金千円及び同年二月一日から同年六月三十日までの賃料合計三万千円を、同年七月九日まで支払うべきことを控訴人に催告するとともに、右期日までにこれを支払わないときは、本件家屋の賃貸借契約を解除する旨の条件付契約解除の意思表示をした。しかるに、控訴人は、右期日までに、前記賃料を支払わなかつたので、本件賃貸借契約は、昭和三十年七月九日限り、解除により終了した。

三  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、賃貸借契約の終了を原因として、本件家屋の明渡を求めるとともに、昭和三十年一月の賃料残金千円及び同年二月一日から七月九日まで一カ月金六千円の割合による賃料並びに同年七月十日以降明渡ずみに至るまで右賃料相当の割合による損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。

四  なお、控訴人の抗弁事実は否認する。本件家屋は、店舗であり、また、昭和二十七年頃区画整理によつて現在の場所に移転するに際し、その主要部分を改築し、旧建物との同一性は失われたものであるから、地代家賃統制令の適用をうけないものである。

五  仮りに、地代家賃統制令の適用があるとするならば、本件家屋の賃料は一カ月金八百三十四円に制限せられることとなるが、被控訴人は、地代家賃統制令の適用はなく、賃料は自由に定めうるものと信じて本件賃貸借契約をしたものであり、もし賃料が一ケ月金八百三十四円にとどまることを知つていたならば、本件契約を締結するはずがなかつたのである。したがつて、被控訴人と控訴人との間の前掲賃貸借契約については、法律行為の要素に錯誤があつたものというべきであるから、該賃貸借契約は無効であり、控訴人は、本件家屋を被控訴人に引き渡すべきものである。

(控訴人の主張)

控訴代理人は、答弁並びに抗弁として、次のとおり述べた。

一  被控訴人の主張事実中、一から三の事実は全部認める。但し、本件賃貸借契約が被控訴人主張のように解除により終了したことは争う。

二  本件家屋は、昭和二十五年七月十一日以前に建築された建物であり、また、店舗兼居宅として使用されている併用住宅で、その店舗部分は十坪以下、その部分における事業の事業主は控訴人であるから、本件家屋の賃貸借については、地代家賃統制令の適用があり、その賃料は、一カ月金八百三十四円を最高限度としなければならない。したがつて、被控訴人が一カ月六千円の割合による賃料の支払を催告しても、その催告はいわゆる過当催告であるから、催告としての効果を生ぜず、したがつて、また、この催告が有効であることを前提とする契約解除も、その効果を生じない。

三  被控訴人主張の四及び五の事実は否認する。

第二反訴について

(申立)

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人に対し、控訴人が二十五万円を支払うとの引き換えに、本件家屋の所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

(控訴人の主張)

控訴代理人は、反訴請求原因として、次のとおり述べた。

一  控訴人は、昭和二十九年三月二十三日、被控訴人から本件家屋を金四十七万円で買いうけ、同日手附金五万円を支払い、残金四十二万円は、同年四月十五日までに支払うこととしたが、控訴人は、右期日までに残金の支払ができなかつたため、右契約は合意解除され、手附金は没収された。

二  昭和二十九年六月十二日、再び控訴人は本件家屋を前記価格で買いうけることとし、被控訴人との間に、さきに被控訴人に交付した金五万円を有効として代金の内金に充当し、更に、金十七万円を支払い、残金二十五万円は同年十二月末日に支払うこと、右残金の支払によつて売買契約は成立する旨の売買の予約をした。よつて、控訴人は、右予約にもとずき、被控訴人に対し、控訴人が金二十五万円を支払うのと引き換えに、本件家屋の所有権移転登記手続を求めるため、反訴請求に及んだ。

(被控訴人の主張)

被控訴代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一  控訴人主張の一の事実は認める。

二  控訴人主張の二の事実中、被控訴人が控訴人から昭和二十九年六月十二日に金十七万円をうけとつたことは認めるが、その他の事実は否認する。金十七万円は、本件家屋を控訴人に賃貸するに際し、礼金又は権利金としてうけとつたものである。

第三証拠関係

(被控訴人の立証等)

被控訴代理人は、甲第一、第二号証、第三号証の一、二及び第四号証から第十一号証を提出し、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第八号証の一の成立は知らない、その他の乙号各証の成立は認める、乙第一号証を利益に援用する、と述べた。

(控訴人の立証等)

控訴代理人は、乙第一号証から第七号証、第八号証の一、二及び第九号証を提出し、原審及び当審における証人中井高の証言並びに当審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

第一被控訴人の本訴請求について

一、被控訴人が本訴の請求原因として主張する事実は、当事者間に争いがない。

二、しかして、控訴人は、本件家屋の地代家賃統制令による公定賃料は一カ月金八百三十四円をもつて最高限度とするものであるから、被控訴人がした催告はいわゆる過当催告である旨主張する。これに対し、被控訴人は本件家屋が地代家賃統制令の適用をうくべきものであることを争い、もし本件家屋がその賃料について右法令の適用をうけるものであるならば、被控訴人と控訴人間の前記賃貸借契約は、その要素に被控訴人の錯誤があつたものであるから無効である旨主張する。

よつて、まず、本件家屋は、その賃料につき控訴人主張のように、右法令の適用をうくべきものであるかどうかについて判断するに、成立に争いのない甲第四号証、乙第一、第四、第九号証、当審における控訴人本人尋問の結果(第二回)によりその成立を認めうる乙第八号証の一と原審及び当審における証人中井高の証言、当審における控訴人本人尋問の結果(第二回)を綜合すると、本件家屋は、昭和二十二年二月一日新築されたものであるが、控訴人が被控訴人から賃借した昭和二十九年六月十二日以前から、すでに店舗兼住宅として使用されており、控訴人も店舗兼住宅としてこれを賃借し、右賃借後は、それまで住んでいた千葉市から本件家屋に居を移し(昭和二十九年七月七日には住民登録をも移した。)現実に階下三畳及び中二階の四畳半の部屋を住居として使用し、階下三坪七合二勺を店舗とし、これを使用して、賃借当時から昭和三十三年三月頃まで、簡易酒場を経営していたことが認められ、他に、この認定を左右するに足る証拠はない。もつとも、前掲乙第四号証によると、本件家屋は新築当時(当時建坪六坪)「店舗」として家屋台帳に登載されたことが認められるが、この記載そのものは、前認定のように、本件家屋が、現実に店舗兼居宅として賃借使用されていた事実を動かしうるものでないことはいうまでもない。

この点につき、被控訴人は、本件家屋は昭和二十七年十二月頃区画整理のため現在地へ移転するに際し、土台、屋根、柱等の建物の主要部分に大改築を加えたものであるから、旧建物との同一性を失つた旨主張する。しかしながら、区画整理の施行による移築にあたり、控訴人主張のような建物の同一性を失わせる程度の大改築が加えられたことについては、これを窺うに足る何らの証拠はなく、かえつて、前記乙第八号証の一、当審における控訴人本人尋問の結果(第二回)によれば、右移転に際して、被控訴人主張のような大改築は行われなかつたことが推認されるから、控訴人の前示主張は採用しがたい。

以上認定の事実によれば、本件家屋は、いわゆる併用住宅として、地代家賃統制令の適用をうけるものというべきであり、成立に争いのない乙第五号証及び第六号証によれば、本件家屋の敷地は六・五坪、家屋の延坪数は九・六二五坪であり、本件土地十三坪の昭和三十年度における固定資産税課税評価額は金五万八千六百三十円、本件家屋の同年度における評価額は金十三万九千三百円であることが認められ、右事実に基き、同年度に施行された建設省告示の定めるところにより計算すると、その賃料は、一カ月金八百三十四円であることが認められる。そのことから見れば、本件家屋の賃料は、特別の事情がない限り、昭和二十九年度においても、右金八百三十四円以下とするのが相当である。

次に、被控訴人及び控訴人間の本件家屋の賃貸借契約につき、被控訴人主張のような要素の錯誤があつたといえるかどうかについて審究する。けだし、もしこの賃貸借契約が、その要素に錯誤があつたため無効であるならば、被控訴人のした前記催告の効力について云云するまでもなく、控訴人は、この賃貸借契約に基き引渡を受けた本件家屋を被控訴人に返還すべき義務があるものといわなければならないからである。本件においては、被控訴人は、賃料を一カ月金七千円(のちに金六千円)と定めて本件賃貸借契約を結んだものであり、もし、本件家屋の賃料が前示認定のように、一カ月金八百三十四円を最高限度とする場合においてもなお、被控訴人が前記賃貸借契約を結んだであろうと推認できるような特別の事情は、一つとして認められないから、本件賃貸借契約については、被控訴人は、前認定のとおり、その賃料が一カ月金八百三十四円を最高限度とするものであることを知つたならば、これを締結しなかつたであろうと見ることができる。しかも、通常の場合、家屋の賃貸借契約においては、その賃料は、少くとも貸主にとつて、契約の重要部分であることは社会通念上明らかなところであるから、特段の事情の見るべきもののない本件においては、被控訴人の前記錯誤は、本件家屋の賃貸借契約における要素に関するものと認めるのが相当である。

四、以上説示のとおり、被控訴人及び控訴人間の本件賃貸借契約は法律行為の要素に錯誤があつたものとして無効といわなければならないから、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し、本件家屋の引渡を求める限度においては、被控訴人のした催告の効力について判断をもちいるまでもなく、結局理由があるということができるが、その余は理由がないものとして棄却すべきである。したがつて、被控訴人の請求全部を認容した原判決は失当であり、右の限度を超える部分は、その取消を免がれない。

第二控訴人の反訴請求について

一、昭和二十九年三月二十三日、控訴人と被控訴人との間に、本件家屋の売買契約が締結され、控訴人は被控訴人に対して手附金として金五万円を交付したが、同年四月十五日の期限までに残金の支払いができなかつたために、右契約は合意解除され、手附金は没収されたことは、当事者間に争いがない。

二、控訴人は、その後、昭和二十九年六月十二日、被控訴人との間に再び本件家屋を買いうけることとし、前記金五万円を有効として売買代金の内金に充当し、更に金十七万円を内金として支払つて売買の予約をした旨主張し、控訴人が被控訴人に対して金十七万円を支払つたことは当事者間に争いないが、控訴人主張の売買の予約がなされたことについては、控訴人の挙示援用するすべての証拠によるも、これを認めることはできない。よつて、控訴人の反訴請求は理由がないものというべく、これを棄却した原判決は正当であり、控訴人の本件控訴は理由がない。

第三むすび

よつて、本訴及び民訴について、叙上説示したところと趣を異にする原判決は、これを主文第一項掲記のとおり変更することとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十二条、第百九十六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 桝田文郎 田倉整)

目録

東京都板橋区板橋町一丁目二千四百九十七番地

家屋番号 同町二百十四番五

一 木造板葺平家建店舗一棟

建坪、六坪

(現況)

一 木造瓦葺中二階建店舗兼居宅二戸建一棟

建坪、十二坪 二階、七坪二合五勺のうち

向つて右側の一戸

建坪、六坪 二階、三坪五合

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